1ドル札を2ドルで買う?疑心暗鬼オークションの経済学と心理学
1ドル札を2ドル以上で買ってしまう。落札した瞬間に損が決まる。オークションには、分かっていても抜け出せない罠がいくつも仕掛けられています。疑心暗鬼オークションで起きることを、経済学と心理学から読み解きます。
文:なおすけ / 公開 / 更新
1ドル札を2ドルで買う人たち
1971年に経済学者のマーティン・シュービックは、少し意地の悪いオークションを発表しました。売りに出すのはただの1ドル札です。 いちばん高く入札した人が1ドル札をもらえるのは普通のオークションと同じですが、ひとつだけ違う決まりがあります。2番目に高く入札した人も、自分の入札額を払わなければならないのです。
最初は気楽です。10セントで1ドルが買えるなら得なので、何人も手を挙げます。ところが相手が1ドル、自分が90セントになったとします。 ここで降りれば90セント払って何も手に入りません。それなら1ドル10セントを出して1ドル札を取るほうが、損は10セントで済みます。 相手も同じことを考えます。こうして2人とも1ドルを超えても止まれなくなります。
このドル・オークションは、のちに交渉学者のマックス・ベイザーマンが経営大学院の授業で20ドル札を使って何度も行いました。 入札は20ドルをあっさり超えるのが普通で、最高では204ドルまで上がったことがあると紹介されています。 20ドル札に、その10倍を払ったわけです。
疑心暗鬼オークションの泥沼宣言は、この仕組みを借りたカードです。 泥沼のラウンドでは、落札した人だけでなく2位の人も落札額の半額を払います。 国宝が泥沼になったら、降りどきを見誤った2位はほぼ優勝できません。 宣言した本人だけは「周りが慎重になるなか安く取る」か「2人が競り合って沈むのを眺める」かのどちらかを選べます。罠のカードです。
膝まで泥にはまる心理
ドル・オークションで人が止まれないのは、計算が苦手だからではありません。心理学ではこの現象をコミットメントのエスカレーションと呼びます。
1976年に組織行動学者のバリー・ストーは、経営学部の学生に会社の研究開発費を配分する役を任せる実験をしました。 最初の投資がうまくいかなかったと知らされたあと、追加の資金をどこに回すかを決めてもらいます。 すると、最初の投資を自分で決めた学生ほど、うまくいっていない部門にさらにお金をつぎ込みました。 ストーはこの論文に「膝まで泥にはまって(Knee-deep in the big muddy)」という題を付けています。ピート・シーガーの反戦歌「腰まで泥まみれ(Waist Deep in the Big Muddy)」のもじりです。
すでに払って取り戻せないお金をサンクコスト(埋没費用)と呼びます。本当はこれから先の損得だけで決めるべきなのに、人は「ここまで出したのだから」に引っぱられます。 自分の判断が間違っていたと認めたくない気持ちも重なります。
疑心暗鬼オークションの競りでも、$60まで粘ったあとで降りると、それまでの粘りが無駄になった気がします。自分の読みが外れたと認めるのは悔しいものです。 とくに泥沼のラウンドでは、最後の2人に残ってから降りると、その価格の半額を実際に払って何も手に入りません。降りるのが遅いほど払う額は大きくなるのに、勝てば取り戻せる気がしてしまいます。 ドル・オークションとまったく同じ形です。価格が持ち金に届くと自動で降りるのは、泥の底が抜けないようにするための安全装置です。
勝ったのに損をする「勝者の呪い」
1971年にアトランティック・リッチフィールド社の技術者エドワード・ケイペンたちは、メキシコ湾の海底油田の採掘権の入札について論文を書きました。 入札で採掘権を勝ち取った石油会社は、なぜか思ったほど儲かっていなかったのです。
理由はこうです。海底にどれだけ石油があるかは、どの会社にも正確には分かりません。各社はそれぞれ見積もりを出し、それをもとに入札します。 見積もりは高すぎたり低すぎたりしますが、平均すれば当たっています。 ところが入札で勝つのは、いちばん高く見積もった会社です。つまり勝った時点で、自分の見積もりが甘すぎた可能性が高いのです。 この現象は勝者の呪い(winner's curse)と呼ばれるようになりました。
1983年にはベイザーマンとウィリアム・サミュエルソンが、硬貨の詰まった瓶を学生に競り落としてもらう実験をしています。 瓶の中身は8ドルでした。学生たちの見積もりの平均は5ドル13セントと、むしろ低めでした。 それなのに、落札された額の平均は10ドル01セント。勝った人は平均で2ドルほど損をしていたのです。
疑心暗鬼オークションの品も、本当の価値は最後まで分かりません。 出品リストの平均の価値や手元のヒント、ほかの人が降りた価格から推理して値を付けます。 落札できたときは「自分がいちばん甘く見積もったのでは?」と一度疑ってみてください。 残ったお金は最後に半分の点になるので、払いすぎはそのまま得点に響きます。
正直に入札するのがいちばん得?
1961年に経済学者のウィリアム・ヴィックリーは、入札額を封筒に入れて出し、いちばん高い人が2番目に高い入札額で落札する方式を分析しました。 このヴィックリー・オークションでは、自分がその品にいくらの価値を感じているかを、そのまま正直に書くのがいちばん得になります。 高く書いても払うのは2番目の額なので得をせず、低く書くと本当は欲しかった品を逃すだけだからです。 ヴィックリーは1996年にノーベル経済学賞を受けましたが、受賞の発表から3日後に亡くなっています。
疑心暗鬼オークションの競りも、実はこれとよく似ています。価格がだんだん上がり、最後まで残った1人が最後から2番目に降りた人の価格で落札します。 オークション理論ではこの形をジャパニーズ・オークション(ボタン・オークション)と呼びます。名前に反して、日本でふだん使われている方式というわけではありません。 価格が$100に届くと封筒に書く入札に切り替わりますが、こちらもヴィックリー・オークションそのものです。 つまり「自分の見積もりまで粘って、そこで降りる」のが基本の戦い方になります。
ただしヴィックリーの理屈が素直に当てはまるのは、品の価値を自分だけが知っているときです。 人によって価値が違い、自分の価値は自分で分かっている。これを私的価値(private value)と呼びます。 一方、疑心暗鬼オークションの品は、誰にとっても価値が同じなのに、その価値を誰も知りません。こちらは共通価値(common value)と呼ばれ、前の節の勝者の呪いが起きるのもこの場合です。 だからほかの人が降りた価格そのものが、品の価値のヒントになります。 ヒントを持っていそうな人が早く降りたら、その品は怪しいかもしれません。もちろん、そう思わせるためにわざと早く降りる人もいます。
「これは名品ですよ」は信じていい?
1970年に経済学者のジョージ・アカロフは、中古車の市場についての論文を発表しました。 中古車の売り手は自分の車の調子を知っていますが、買い手には分かりません。 すると買い手は「どうせ質の悪い車(アメリカの俗語でレモン)かもしれない」と考えて、平均的な値段しか払わなくなります。 そうなると良い車の持ち主は売るのをやめ、市場にはますますレモンばかりが残ります。 売り手と買い手が持っている情報に差がある(情報の非対称性)せいで、悪いものばかりが選ばれて残るこの現象を逆選択(adverse selection)と呼びます。 このレモン市場の研究で、アカロフは2001年にノーベル経済学賞を受けました。
疑心暗鬼オークションの取引はまさにこの世界です。落札した品を「名品のヒントを持っているから確かだよ」と売りに来た人がいたら、どうしますか。 本当に名品かもしれません。でも、ガラクタをつかんでしまった人ほど必死に売りに来るものです。
口で言うことは嘘でもかまいません。経済学では、こうしたタダで言えて何の縛りもない発言をチープトークと呼びます。 チープトークはそれだけでは信じてもらえません。信じてもらうには、ヒントカードの写しを渡すなど、確かめられる形で見せる必要があります。 画面の取引は必ずそのとおりに実行されるので、どこまでを口で言い、どこからを取引で証明するかが駆け引きになります。
実際に遊んでみる
理屈が分かっていても、目の前で価格が上がっていくと人は冷静でいられません。 あなたは泥沼の2位にならずに済むでしょうか。落札したその品は、本当に国宝でしょうか。 ヒントを売りに来た友だちの言葉を、どこまで信じますか。
答え合わせは、最後の結果発表でしかできません。ぜひ友だちと疑い合ってみてください。
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まず名前を決めます。あなたがホストになります。