Eカードの勝率は五分?8割?ギャンブラーの誤謬で読み解く
『カイジ』のEカードみたいなゲームは「結局は出すか出さないかの二択。だから勝率は五分」と言われることがあります。これは本当なのか。計算してみると、見る場面によって答えが変わりました。
文:なおすけ / 公開 / 更新
Eカードのルール
Eカードは漫画『賭博黙示録カイジ』に出てくる2人用のカードゲームです。 このサイトの皇帝と奴隷は同じルールで遊べます。
- 皇帝側の手札は皇帝1枚と市民4枚。奴隷側の手札は奴隷1枚と市民4枚
- 1枚ずつ伏せて出し、同時にめくる
- 皇帝は市民に勝ち・市民は奴隷に勝ち・奴隷は皇帝に勝つ。市民どうしは引き分けで次の1枚へ
- 皇帝側で勝つと1点、奴隷側で勝つと5点
皇帝か奴隷の切り札が出た時点でその回戦の勝負がつきます。読み合いは「切り札を何枚目に出すか」の1点だけです。
勝率は五分か8割か
奴隷側が勝てるのはどんなときか、組み合わせを並べてみます。
- 皇帝側が先に皇帝を出す → 奴隷側はまだ市民なので皇帝の勝ち
- 奴隷側が先に奴隷を出す → 皇帝側はまだ市民なので、市民が奴隷に勝って皇帝側の勝ち
- 同じタイミングで皇帝と奴隷がぶつかる → 奴隷側の勝ち
奴隷側が勝つのは皇帝と同じタイミングで奴隷を出したときだけです。4枚目まで市民どうしが続けば5枚目は必ず皇帝対奴隷になりますが、これも「同じタイミング」の1つです。
皇帝側は何枚目に出すかにくせがあると、そこを狙われます。読まれないためには1枚目から5枚目までを均等に散らすのが一番です (確率で選び分けるこの戦い方はエル・ファロル・バー問題の記事で紹介した混合戦略です)。 ここでいう一番の出し方は、切り札を出すのに最適なタイミングを見つけることではありません。作戦を相手に完全に見抜かれても、それ以上は損をしない出し方のことです。
- 皇帝側がいつも1枚目に皇帝を出す人だったら、それに気づいた奴隷側は1枚目に奴隷を出して毎回勝てます。 1枚目から5枚目をサイコロで決めるように散らしていれば、「この人はくじで決めている」と見抜かれても奴隷側は20%しか勝てません
- 奴隷側も同じです。いつも最後に奴隷を残す人だと見抜かれれば、皇帝側はその手前で皇帝を出して一度も負けません。 散らしていれば、どう読まれても20%は勝てます
お互いがこの守りを固めたときの1回戦の勝率は皇帝側80%、奴隷側20%です。 どちらも1人だけ作戦を変えても得をしないナッシュ均衡の状態です。
それでもこう言いたくなるかもしれません。「何回か戦えば相手が切り札を出すくせが分かってくる。そうなれば結局は出すか出さないかの二択。だから五分だ」。 この説には正しいところがあります。くせが読めて、相手が切り札を出しそうなタイミングを2つまで絞れたなら、奴隷側の勝率はたしかに20%より上がります。 すぐ上で見たとおり、くせは見抜かれた側の損になるからです。
ただ、絞った2つが五分五分とは限りません。宝くじの1等も「当たるか外れるか」の二択ですが、五分だと言う人はいません。 選択肢が2つあることと確率が半々であることは別の話で、これはモンティ・ホール問題の記事で取り上げた等確率バイアスそのものです。
では、くせを読んだときの勝率は何%なのか。答えは読みの差しだいです。 すぐ上の例のとおり、完全に読めれば100%、読まれれば0%です。 「0%から100%なら平均して五分だろう」と思うかもしれませんが、読みの上手下手は出発点の20%から上下に動くもので、50%が特別な位置になる理由はどこにもありません。 わからないものを五分と置くのは確率を求めたのではなく、考えるのをやめた地点に数字を貼っただけです。
それでも「出すか出さないか」が本当に五分になる場面はあります。市民どうしが続いたとき、奴隷側の勝率がどう変わるかを見てください。
| 場面 | 残りの手札 | 奴隷側の勝率 |
|---|---|---|
| 1枚目 | 5枚ずつ | 20% |
| 2枚目 | 4枚ずつ | 25% |
| 3枚目 | 3枚ずつ | 33.3% |
| 4枚目 | 2枚ずつ | 50% |
市民どうしが続くほど残りの枚数が減り、当てる範囲がせまくなっていきます。 お互い2枚ずつになった最後の場面では「いま出すか、次に回すか」の本当の二択になり、奴隷側の勝率はちょうど五分です。 最後の2枚をめぐる息詰まる読み合いを思い浮かべて「五分だ」と言うなら、それは正しいのです。
ただ、その場面までたどり着くのはお互いが切り札を最後の2枚に残したときだけで、確率は16%ほどです。 たいていはその前に勝負がつき、そのほとんどは皇帝側の勝ちです。1回戦をまるごと見れば奴隷側は20%にとどまります。
ギャンブラーの誤謬
1913年の夏、モナコのモンテカルロのカジノでルーレットの玉が26回続けて黒に入りました。 黒が15回を超えたあたりから客は「そろそろ赤が来るはずだ」と赤に大金を賭け続け、次々に負けていったといわれています。
ルーレットの玉は前の結果を覚えていません。黒が何回続いても次に赤が出る確率は同じです。 それなのに人は「これだけ偏ったのだから、そろそろ戻るはず」と感じてしまいます。この思い込みをギャンブラーの誤謬と呼びます。
Eカードにも当てはめてみます。もっともらしい五分説をこの記事のために1つ作ってみました。どこがおかしいか考えてみてください。
皇帝側は5回に4回勝つ。でも確率は長い目で見るとならされるものだ。奴隷側が負け続ければそのぶん次は勝ちやすくなり、最後は五分に落ち着く。
まず「奴隷側が負け続ければ次は勝ちやすくなる」。これはモンテカルロの客と同じギャンブラーの誤謬です。 回戦が変わるたびに手札は配り直されます。何回続けて負けていても、次の回戦の奴隷側の勝率はまた20%からです。
ところが1回戦の中で続くのが負けではなく市民どうしの引き分けなら、同じ考え方が正しくなります。前の節の表のとおり、市民どうしが続くほど奴隷側は本当に有利になっていきました。 ルーレットの玉と違い、出したカードは手札に戻らないからです。場に出たカードを数えて次を読むトランプのカードカウンティングと同じ理屈です。 「続いたから次は変わる」はいつも誤りなのではなく、前の結果で残りの中身が変わるかどうかで正しいか間違いかが分かれます。
そして最後の「五分に落ち着く」。実はこの結論だけは合っています。 このゲームでは試合の途中で陣営を入れ替えるので、2人とも皇帝側と奴隷側を同じ回数ずつ受け持ちます。 同じ強さの2人が12回戦を戦うと、勝ちと負けはどちらも35.5%で、残りの29.1%は引き分けです。 ただしそれは負けが「ならされる」からではなく、最初から同じ条件で戦っているからです。
結論は合っているのに、理由はまるごと間違っている。確率のうわさがやっかいなのはこういうところです。
実際に遊んでみる
理屈の上では、奴隷側が勝てるのは5回に1回です。それでも人はどこかにくせが出ます。 1枚目に切り札を出すのは怖い。最後まで残すと読まれそう。相手のくせを読めれば、理屈の20%より勝てるかもしれません。
ただし、くせを読もうとしているのは相手も同じです。読み合いの力が互角なら、くせはお互いに打ち消し合って、また5分の1のまわりに戻ってきます。 確率を本当に動かすのは読みの深さではなく、相手より多くの情報を持っていることです。
皇帝と奴隷のルームを作る
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